麻婆春雨ができた理由

こんにちは!よこがくです!!

ブログ開設してから259回目の投稿です!

今日は「麻婆春雨ができた理由」について書いていきます。

結論として、「永谷園の社員が2年間、自由気ままにぶらぶらして開発された」です。

 

 

<家庭の定番食『麻婆春雨』>

家庭でよく食べられる三大麻婆、『麻婆豆腐』『麻婆茄子』『麻婆春雨』

その1つの『麻婆春雨』の誕生秘話について書いていきます。

ちなみに、三大麻婆は私が勝手に命名しました(笑)

 

麻婆春雨は、春雨とひき肉などを炒めた中華料理です。

麻婆春雨は、日本の食品メーカー「永谷園」で開発された商品です。

中国で生まれたわけではありません(笑)

 

1981年に永谷園が九州地方で先行発売されました。

発売後、ものすごい人気となり月商1億円の売り上げを達成しました。

その後、西日本、信越まで販売地域を拡大していきました。

1983年には、和田アキ子のCMで爆発的ヒットし、年間売上7億円となりした。

その後、売れ行きもどんどん右肩上がりで、1994年には年間13億円の売上げとなりました。

1つの商品で、年間13億円を売上げるってヤバいですよね(笑)

 

そして、1999年以降に他社メーカー(味の素、丸美屋食品工業)からも麻婆春雨を発売されました。

いまでは、家庭の定番料理として浸透しました。

 

 

<誕生秘話

では、どのようにして麻婆春雨は生まれたのでしょうか?

調べてみたら、結構面白かったです。

 

さかのぼること、1979年の永谷園の社内。

当時の開発企画室長であった男性がある日、社長室に呼ばれました。

そして、当時の社長 永谷嘉男から驚愕のことを言われます。

 

「当社は、次に何を開発するかという点が弱いと感じている。そこでこれからの2年間、食べたいものを食べ、行きたいところに行き、とにかくぶらぶらして新商品のアイデアを考えることに専念して欲しい。出社は自由。経費は使い放題。報告書も不要だ!」

 

社長の持論で、会社の中で机に向かっているだけが商品開発ではなく、意外な場所で意外な時に斬新なアイデアが生まれる可能性が高まる。

たしかに、これには納得ですね。

しかし、社長としての業務に追われる自分がぶらぶらしては、社員に顔向けできません。

そこで、自分の分身を作ろことにしました。

 

新商品のヒントを見つけるために旅立ちました。

北は北海道、南は鹿児島県まで食べ歩きしていきました。

そして、日本だけではなく、世界へも行きました。

ヨーロッパ、アメリカなどへありとあらゆるレストラン、料理店へ足を運びました。

 

世界を回っていたある日、とある料理店へ行きました。

そこで、中華スープを食べていたときにあることを思い浮かびました。

「中華スープと春雨、これはいけそうだ!」

 

このアイデアを社内で発表したところ、高く評価され商品化が決定しました。

試作を繰り返した結果、麻婆春雨が誕生しました。

 

 

<知ると面白い

この話は永谷園の公式ホームページで漫画として掲載されています。

こちらも面白いので、見てみてください。(リンクはこちら

 

ちなみにこの発言の後、永谷園では「ぶらぶら社員制度」として社内に導入されました。

条件は、「2年間で結果(新商品)を出すこと」

それ以外は自由です。

出社不要、経費も無制限で使用可能。

最高の制度ですよね(笑)

ただその後、他の社員でも試してみたが、結果が出なかったみたいで、いまは制度は中止しているみたいです。

 

たしかに、机に向かっているだけでは良い商品は浮かばないですよねー

 

「事件は会議室で起こっているのではない。現場で起きているんだ!」

 

踊る大捜査線での名台詞です。

開発業務に携わっている人は、机とにらめっこするより少し違う場所へ行ってみてはどうでしょうか?

気分転換にもなりますし、良いアイディアが目の前に現れるかもしれません。

 

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます(^^)

また、よかったら感想などのコメントをいただけると嬉しいです☆

最後まで見ていただきありがとうございました!!

 

 

<あとがき>

麻婆春雨って日本の食品メーカーで生まれたんですね。

てっきり、中華料理からかと思っていました(笑)

生きていく上で不要な知識かもしれませんが、こういうことがきっかけで「知る」ということに抵抗を無くしてほしいですね。

世の中には知らずに損していることが多々ありますから。

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